No Limiter, No Compressor

近年のラウドネス偏重のCDから脱却してリミッタ、コンプレッサを使用せず本来のリアルな”音”志向のCDも発売されている。クリップしないようにピークコントロールされていることが重要である。

(The latest update: June 6th, 2026)

(The first upload: May 18th, 2026)

コンプレッサ不使用のLPレコード

自然な録音を理想としたマスタリングはLPレコード時代にも行われておりコニサー(Connoisseur Society)のLPレコードにはコンプレッサ等の加工を用いていないドビュッシーリサイタル、ショパンリサイタル等のレコードがあり手元に残っている。聴感上ダイナミックレンジの自然な広がりが強く印象に残っている。当時のライナーノーツによれば、2チャンネル録音でマスターテープには人工的な残響付加やコンプレッサという音質を劣化させるような事後処理の工程は一切付け加えられていない。また、ライナーノーツによればドビュッシーリサイタルはボールドウィンSD-10を用いた世界最初の録音。

  • モラヴェッツ: ドビュッシーリサイタル(フィリップスコニサーシリーズ、SFX-7655)
  • モラヴェッツ: ショパンリサイタル(フィリップスコニサーシリーズ、SFX-7813、1969、CD版、デッカ、UCCD-4472、2009)

ショパンリサイタルのCD版(UCCD-4472)の8曲目スケルツォNo.1の波形を示す。クリッピング解析も行ったがクリップは皆無だった。

Squashed Waveform

レコードのマスタリングプロセスにおいてラウドネス偏重によってコンプレッサ/リミッタなどの処理を多用してピークを抑えると波形がつぶれて平たくなりいわゆるSquashed Waveformとなる。これによりダイナミックレンジが狭くなりより大きな音量となり(ラウドネス大)、アタック感の喪失、長時間聴くと疲れる音となる。1980年代から最近にいたるまで益々ひどくなっておりハイレゾの高ダイナミックレンジも無意味なものになる。筆者はこのようなマスタリングに閉口して最近CD購入量が大幅に減少した。

CDリマスタリング(ポップス)

実測例として1960年代のアナログレコード時代に一世を風靡したクリフリチャードのヒット曲が1981年と2014年にCDリマスター盤(または再録音)として発売されている。これらのCDの波形を比較して次に示す。2014年発売のGreatest Hits(下)は1981年発売のForever Hit Pops(上)」と比較して波形がつぶれたようになっている。まさにSquashed waveformの典型的な波形である。ここで縦軸はピーク付近を拡大するためにリニア表示としている(1=0dB、0.5=-6dB)。横軸は分:秒表示としている。RMS(実効値)を比較すると、Forever Hit Pops(上)のRMS値は-16.45dBと低くなっているのに対してGreatest Hits(下)のRMSは-13.12dBと約3.5dB高い。このことからコンプレッサ、リミッタを多用していると推察される。本例では1981年発売のForever Hit Pops(上)のほうが自然な録音となっている。

  • 上: CD(EOC-001)、1981年発売、Forever Hit Pops Selection Vol.1-14
  • 下: CD(WPCR-50094)、2014年発売、Cliff Richard, Greatest Hits Vol.1-6

LPとCD(クラシック)

クラシックレコードの例としてエッシェンバッハのハンマークラヴィーアの第1楽章を取り上げる。

  • LP(下図のRed): グラモフォンMG2260,1970年6月ミュンヘン、バイエルンスタジオ録音、日本グラモフォン盤で自然なダイナミックレンジの広がりがあった。
  • CD(下図のBlue): EMI Classics 1976年ロンドンAbbey Road録音、ディジタルリマスタリング2003年

両者は曲の長さも少し異なっているがピーク値(最大振幅)を揃えて重ねて比較した波形図を示す。下図において、RedはLPの波形を一切の加工なしにレーザーターンテーブルでディジタル化したもの、BlueはCDのディジタル波形である。LPはCDに比べて低振幅領域と最大振幅のダイナミックレンジが広く、(2)は低振幅領域が拡大され振幅が圧縮されていることがわかる。

LPのディジタル化(クラシック)

次の図は、上記モラヴェッツ演奏ドビュッシーリサイタル(フィリップスコニサーシリーズ、SFX-7655)の花火を筆者がV15VXMRを用いてディジタル化した波形(赤)と、ブルーランナーに2013年にリミッタ、コンプレッサを使用しないとようにディジタル化を委託してディジタル化した波形(青)とをピーク値を揃えて比較したものである。一般的に音楽波形は定常信号と異なり上下の振幅が揃うことはないが、次の図を見れば一目瞭然で、青はパルス状の信号が抑えられて上下の振幅が揃っていることからコンプレッサを使用したことがわかる。音楽信号には細く鋭いパルス状の信号が含まれる(ブルーランナーは2022年に閉店)。

リスニング検定ディスク

雑誌ステレオサウンド(2008年発売)付録のリスニング検定ディスクにコンプレッサ加工有無の楽曲が収録されている。オリジナルに比べコンプレッサを通した波形では微小レベルを持ち上げていることがわかる。最近のステレオサウンドにはこのような意欲的な企画はなく評論家の作文記事が多く購入することもなくなり立ち読みもしなくなった。

オリジナル(未加工)

コンプレッサを通した波形

コンプレッサによってダイナミックレンジを圧縮する。

コンプレッサの有無による周波数スペクトラム(ピーク値)は下図のようになる。Greenは未加工、Purpleはコンプレッサを通した場合である。次に詳細に調べることにする。

下の図は、上図のコンプレッサを通した波形の振幅から未加工(オリジナル)の波形の振幅を差し引いたものである。コンプレッサによってダイナミックレンジの圧縮のみならずレベル自体も図示するように平均して1-2dB上昇している。

Reference Recordings

一部のレコードレーベルからリミッタチェック/コンプレッサを使用しないCDが発売されている。

Eiji Oue: Minnesota Orchestra、SHOWCASE 7 Hopak from MAZEPPA(RR 907CD)

Reference Recordingsからは多数のCDが発売されている。リミッタ、コンプレッサの使用についてReference Recordingsに問い合わせたところ次の回答を得た。

”It is very, very rare that our engineers use any limiting or compression.  None of the titles recorded by Professor Keith O. Johnson would have any limiting or compression.” (日本語訳: 我々のエンジニアがリミッタ、コンプレッサを使用するのは極めてまれである。Keith O. Johnson教授により録音されたタイトルはリミッタ、コンプレッサを使用していない。)

SHOWCASEは2000年に発売されたCDで録音エンジニアは上記のKeith O. Johnsonであるからリミッタコンプレッサを使用していないことになる。12曲のサンプルが収録されている。その中の7曲目チャイコフスキーの”Hopak from MAZEPPA”の波形を示す。一見してダイナミックレンジが広く、かつクリップしていないことがわかる。2009年頃にマッキントッシュジャパンの試聴会で本CDを使用していた。

Esoteric

金子三勇士: ショパン、リスト、ドビュッシー((Esoteric、ESSO-10000、2003)

リミッタ、イコライザ、エフェクタを使用せず、電源系についてもこだわりぬいたEsoteric渾身の作品。演奏のみならず音も非常に優れており、このCDを聴いてコニサーの録音以来忘れていた感覚を思い出した。試聴ディスクとして重用している。

4曲目のショパン、スケルツォの波形を示す。細いパルス状の信号もつぶれておらず適切にピークコントロールがなされている。

Woody Creek

八城、北村他: That’s All(CD-1005、2007)

ライナーノーツによれば、リミッタ、コンプレッサの類を一切使わずCDの広大なダイナミックレンジをフルに生かしており、またローカットフィルタも使用していない。

4曲目のGot to Take Anther Chanceの波形を次に示す。

9曲目の”A On”の波形を次に示す。ピーク波形はつぶれておらず適切にピークコントロールされている。

ART INFINI

奥脇 泉、河野智美: さくやひめ(SACDハイブリッド、MECO-1085)

アールアンフィニのアルティメイト・サウンド・シリーズの作品。コンプレッサー、リミッターなどは一切使わず、このアルバムには2本のマスターテープが存在し、全く同じマイク・セッティング及び全く同じ採用テイクによる同一レコーディングのマスターによる2枚組仕様となっている。ディスクA、ディスクB双方を聴きくらべることにより、特にヴォーカルにその違いを感じることができる。

10曲目の”もろびと歓びの声をあげ”の波形(CD)を示す。

1曲目の”スカボロー・フェア”の場合でディスクBからディスクAを差し引いた差分を下図に示す。ディスクBはディスクAに比べて中低音が強調されている。聴感上でもディスクBはやや中低音域が強調されている。個人的にはディスクAのほうが美しいソプラノに感じる。特に10曲目と11曲目がよいと思う。

8曲目の”マリサパロス”に100μs程度(約5-6サンプル)のクリップがあったが耳はノイズとして認識できないと思われる。拡大波形を下図に示す。

尚、女性ヴォーカルのCDの中で筆者が試聴用CDとしても最も愛用しているのは次に示すバルトリ31歳のときのCD(1997年)である。

イタリア歌曲集/POCL1753/Track1(アラゴネーゼ)/チェチーリア・バルトリ(メッゾ・ソプラノ)

林 英哲:英哲THE 大(SACDハイブリッド、MECO-1084)

アールアンフィニのアルティメイト・サウンド・シリーズの作品。アールアンフィニの説明によるとコンプレッサ、リミッターなどは不使用。コンプレッサー、リミッターなどは一切使わっていない。林 英哲は和太鼓=打つ音のほか、尺八などの吹く音も収録され、佐渡國鬼太鼓座、鼓童の創設に関わっているとされる。

個人的には、鬼太鼓座の演奏をかつて筆者が某社に就職導入教育時に聴いたことがある。当時はフンドシ姿で演奏していた。

Shichi-seiの波形(CD)を示す。太鼓の波形はピークいっぱいに振れている部分が多いのでクリッピング解析を行った。そうすると多くの箇所でクリップしている。クリッピング解析では0dBFS ぴったり(=サンプル値が上限)に張り付いたサンプルを数えている。

更に拡大してみると下図のように例えば15M0.324s~15M0.326s間の片チャンネルだけをみても約2ms(約90サンプル)クリップしている。クリップは、意図的にリミッタを使用しなくてもアナログ、ディジタル様々原因で発生するが、大太鼓という衝撃音では聴感上クリップと気づかないかもしれない。

スペクトラムを見ると50-100Hzに基音を持つ太鼓とその高調波が緩やかに減衰する。高域側のスペクトラムは尺八や能管によるものである。3kHz弱の基音の倍数が綺麗に並んでいる。

増田喜嘉(チェロ)&黒岩航紀(ピアノ)(SACDハイブリッドMECO1089)

16曲目(火祭りの踊り)はピアノで始まり力強いチェロ演奏が聴ける。波形を下図に示す。

最後の部分でフルスケールに振れているので詳細に調べた。100μs程度(約5-6サンプル)のクリップがあったが耳はノイズとして認識できないと思われる。

The Spectacle Organ

オルガンは超低域が含まれるのでLP時代から低音重視の音楽ではよく使用される。有名なLPにサンサーンスの交響曲第3番がある(特に第2楽章)。周波数特性上ではココに示すように20Hzまで記録されている。今回テストしたThe Spectacle Organの1曲目のスペクトラム(ピーク値)を示す。低域20Hzまで記録されている。

またその波形をクリッピング解析とともに示す。

開始20S付近にクリップがみられるので詳細に調べた。約100μs(約6サンプル)のクリップがあったが耳はノイズとして認識できないと思われる。

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