MC275の歪率及びサーモグラフィー(KT88表面温度vs出力)を測定した。MC275は特許のバイファイラ巻きの出力トランスを用いたユニティカップル回路を搭載し、現代でもその性能はトップクラスである。
(The latest update: 2024年6月5日)
(The first upload: 2019年4月27日)
MC275の歪率測定と分析
MC275の2ch動作時の公称出力は75Wであるが後述の実測のようにその実力は85Wを超えているのでディジタルソース用の低歪スピーカとの組み合わせでも十分な性能を有している。また、モノラル接続時には公称出力150Wである。ステレオ動作時の実測歪率特性は過去公表されてきたが、モノラル接続時の歪率は、私の知る限り公表されていない。また、歪率特性の経時変化も興味あるところである。そこで、ここでは、次の項目の測定と分析を行った。
測定項目
- ステレオ接続時のLch、Rch歪率特性及びPower Bandwidth(歪率0.5%)
- モノラル接続時の歪率特性
- 歪率特性の経年変化(2003年、2013年、2020年)
要約:
- ステレオ、モノラル接続ともに、定格最大出力時0.2%以下(100Hz、1kHz、10kHz)。歪率は17年間でほとんど変化していない。
- MC275の歪率は、ディジタルソース用の低歪スピーカとの組み合わせでも十分な性能を有している(1kHz、1W時約0.05%)。
- MC275のPower Bandwidth(0.5%一定)は、20Hz~20KHzの範囲にわたって80W以上(片チャンネル動作時)。
電波科学1953年10月号で、島山氏(元NHK)が"音響界の話題をさらうマッキントッシュ増幅器とは”と題して詳細に動作解析を行っている。品番の記載はないが6L6GCプッシュプル50Wであるから50W-1と思われる。ラジオ技術1956年4月号の記事より3年近く早い。バイファイラ巻きによる1次巻線間のリーケージインダクタンスの減少により高周波領域での歪が減少し周波数特性が拡大すること、帰還定数が1/2となる多極管増幅器であること等が述べられている。MC275の特長はユニティカップル回路である。出力トランスは、一次巻線がバイファイラ巻きになっておりプッシュプルの2本の出力管の結合をほぼ完全にする結果、大出力と低ひずみを実現している。
測定方法
- 歪率及び測定: HP339A、TrueRTA
- 使用真空管: KT88はSvetlana製及びGE製
- 電源電圧: AC100V
下の写真は筆者所有のHP339A。
ひずみ率測定
比較のため、上記Svetlana製の真空管を用いた場合のステレオ接続時の歪率をモノ接続時と同一のスケールで示す。
通常のステレオ接続でLEFT、RIGHT各チャンネルのCOM端子と8ーム端子間にスピーカを接続する。
上記Svetlana製の真空管を用いた場合のステレオ接続時の歪率(100Hz, 1kHz, 10kHz)は、1W時0.04%、80W時0.2%以と定格を満足している。以下、SEDはSvetlana製を示す。 ステレオサウンド1973年Summerには、"MC275はMC240に比べてパワーは2倍であるが、歪率ということになるとローレベル時と高域において1ランクも2ランクも劣っている"と書いてあったが、本特性からは特に低レベル時の歪率に関してはそのようなことはまったく感じられない。また、電波科学1969年3月号にMC240の特性が掲載されているが、低レベル時の歪率は本MC275と同等である。適切に検討すれば非常に優れた特性がえられるものと思われる(歪率計は必須)。
歪率_モノラル接続
モノラルの場合、パラレル接続となり、定格最大出力は150Wとなる。スピーカインピーダンスが8オームの場合の接続を下図に示す。
Input=Rch(Mono), Input Switch=UNBAL
スピーカリードの一方をLEF-COMに接続し、他方をLEFT-16に接続する。LEFT-COMとRIGHT-COMとを接続し、 LEFT-16とRIGHT-16とを接続する。
上記Svetlana製の真空管を用いた場合の歪率(100Hz, 1kHz, 10kHz)は、1W時0.03%、150W時0.2%以と定格を満足している。また、0.1Wから50Wの範囲における歪率は、0.1%以下となっている。
歪率特性の経時変化
上記Svetlana製の真空管を用い、ステレオ接続時の歪率(1kHz)の経時変化をみるため、2003年、2013年、2020年の測定結果を示す。2003年と2013年は同一の真空管であるが、2020年に若干の劣化が見られたため十分使用可能であるものの、全真空管を指定品と交換した。この期間、適宜データ測定を行うとともに2~3箇所補修した。図示するようにいずれも同等の歪率特性となっている。わずかな差は電源電圧の変動、ノイズ環境の変化も影響していると思われる。
- 20200718=2020年7月18日
- 20131226=2013年12月26日
- 20031223=2003年12月23日
Power Bandwidth
歪率0.5%一定としたときのPower Bandwidthを測定した。その結果は、下のグラフに示す通り、20Hz~20kHzの範囲で80W以上得られている(片チャンネル動作時)。真空管アンプとしては驚異的な特性である。
出力管の特性に問題がある場合の歪率
出力管のペア性等の特性に問題がある場合の特性を次に示す(GE製真空管使用)。最大出力は定格通り75W以上得られているものの、歪率は数W~数10Wにかけて0.5%程度に上昇している。このことから、ブランドによって真空管を判断してはいけないこと、プッシュプルの場合ペアチューブの選定が重要であることがわかる。雑誌で種々のブランドの真空管を差し替え試聴しているのを見かけるが特性を管理しない試聴では、何をテストしているのかわからないことになる。
MC275のサーモグラフィー測定
MC275の温度分布を測定した(別稿で詳細な解析結果を示す)。サーモグラフィーカメラでは色によって温度を表現しており、概ね白に近いほど高温、青に近いほど低温となる(温度設定は手動で可能)。
詳細な解析はココに掲載している。MC275は放熱のよい環境下で使用することが重要である。
- 測定ツール: Flir C5 Thermal Imaging Camera
- 測定可能最高温度400℃
- 測定時: MC275パワーオン60分経過後
MC275全体の表面温度分布(無信号時)
まず、MC275を左斜め上から眺めた場合の温度分布を示す。左端は温度スケールでスケールの最高温度が180℃、最低温度が20.3℃であることを示し色の変化によって温度を表している。KT88、12AX7、12AZ7が高温になっていること、KT88から放射された熱がシャーシに反射されていることがわかる。
KT88の表面温度(無信号時)
左端は表示温度スケールでスケールの最高温度が180℃、最低温度が20.1℃であることを示し色の変化によって温度を表している。中央のカギ括弧の中での最高温度が赤丸部分で左上部にその値を示す。最高表面温度が170℃であることがわかる。複数回の測定結果では、KT88の表面温度は168-172℃であった。
- AC電源電圧=101V
- 気温: 26℃
12AX7,12AZ7の表面温度(無信号時)
V2(12AX7A)の実測画像を次に示す。
その他も同様にして測定した結果、V1の表面温度は約53℃、V2、V4の12AX7Aの表面温度は60~65℃、V3、V4、V6、V7の12AZ7の表面温度は70~75℃という結果を得た。実測データを以下に示す。
- V1(シールドケース入り12AX7A): 52.7℃
- V2 (12AX7A) : 65.2℃
- V3 (12AZ7) : 72.9℃
- V4 (12AZ7) : 71.3℃
- V5 (12AX7A): 60.6℃
- V6 (12AZ7) : 74,7℃
- V7 (12AZ7) : 74.9℃
トランスの温度
トランスの温度は38~42℃という測定結果を得た。正面から見て右端の電源トランスの実測画像を次に示す。
シャーシの温度
シャーシの温度は、KT88の中間部分において約30℃という測定結果を得た。実測画像を次に示す。
補足: 突入電流
MC275は大容量の平滑キャパシタを用いているので突入電流(Rush Current)が大きくなる。この突入電流を防ぐためMC275の電源回路にサーミスタが用いられている(下の写真)。
サーミスタは温度変化によって抵抗値が変化する特性をもっているのでコールドスタートでは突入電流を防ぐことができる。しかし、電源ONを継続した状態から電源OFF直後に電源ONの場合では抵抗値が低下しているので、大きな突入電流が流れ、ヒューズ(Slow blow fuse)が溶断したり、バイアス電圧生成回路の保護抵抗(22 ohms)が溶断してバイアス電圧が生成できなくなることがある。
従って、連続使用時から電源OFF直後(サーミスタの温度が高い状態)で電源ONとすることは避けなければならない。